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小さい頃は、家の中の情報が全て


「小さい頃は、家の中の情報が全てだったりするじゃないですか」

写真家・映画監督の蜷川実花さんのエッセイを読んでいて、名言でもなんでもない言葉に、思いのほか考えさせられた。

「私は父親(演出家・蜷川幸雄)の部屋によく遊びに行っていて、いろんな画集がごろごろ転がっていたんです。見ていたのは、日本の地獄絵図ばかりが載っている薄い本。ほかにも美術全集とかたくさんの画集がある中で、それだけが好きで、書棚からとっては、開いて、いつも見ていたみたいです」

そんなエピソードが出てきて、では自分が子どもの頃はどうだったかと思案していたら、いろいろな記憶が呼び起こされた。

12歳離れたいちばん上の兄は、ぼくが小学生のとき既に大学生だった。帰りが遅く、朝起きるのも遅いから、生活はまるで重ならず、同じ家に住んでいるはずなのにほとんど会わなかった。兄の存在を感じていたのは、むしろ兄が出かけているときだった気がする。

こっそり入る兄の部屋には、大きなCDラックがあり、そこに300枚近いクラシック音楽のCDがあった。クラシックなんてまったく聴く気にならず、長い間それは「無価値なCD」だったけれど、高校生になって、ふとラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を再生してみたら、全身に衝撃が走り、その日からCDラックは宝の山に変わった。

本に関しては、真ん中の兄から影響を受けた。松下幸之助の『道をひらく』を読んだのは中学生のときで、本棚にあった中谷彰宏や齋藤一人さんの本もよく読んだ。おかけで自分に対して不満や反省はあっても、人や環境に対しては寛容に育った。

母は、取材だの新聞の配達だので、いつもせわしなかった。家にいるときは、書斎にこもって原稿を書いてばかりだった。パソコンではなく、400字詰めの原稿用紙に。文章の内容にはまったく興味がなく、紙面に掲載された記事もほとんど読まなかった。

横須賀で活躍する多種多様な人物にインタビューして記事を書いていたそうだが、不思議なもので、今自分は似たようなことをやっている。書くことについて何も教わったことがなければ、書くことを勧められたり強制されたこともない。国語が苦手で、成績はずっと3だった。それでも「日頃から見ていること」には大きな影響を受けるようで、今こうして書くことを仕事にしている。

小さい頃は、家の中の情報が全て」

このことは、いずれ親になったとき、あらためて思い出したい。子どもは、家族だけではなく、家にある本、音楽、モノから、大きな影響を受けるということ。

そして、これは自分にも記憶があるが、子どもは親の目を盗んで、親が想定しないものまで見るし、読むし、聴くし、さわる。親は「子ども用に」と考えていても、子どもはそんなこと考えない。良い意味で、油断しないようにしたい。押入れの奥に素敵な詩集や画集でもしまっておけば、勝手に感性の豊かな子に育つかもしれない。

数学者・岡潔さんは『春風夏雨』というエッセイの中で、こんなことを書いている。

「子どもには、絶えずきれいな水を注いでやることであろう。きれいな水というのは、たとえば先人たちの残した学問、芸術、身を以て行った善行、人の世の美しい物語、こうしたいろいろの良いもののこと。教育というのは、ものの良さが本当にわかるようにするのが第一義ではなかろうか」

蜷川幸雄さんも同じことを考えていたようで、実花さんに「どうしたら役者さんになれる?」と聞かれたときに、「子役をやるといらない癖がたくさんついてしまうから、高校を卒業するまでは何もしなくていい。その代わり、本でも映画でもいいから、何かいいものをいっぱい見なよ」と答えたそうだ。教育の本質だと思う。

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